ずっと後悔してた。あなたを不幸にしてしまったことを。
 巻き戻してしまえば何も起こらなかったと、そう割り切ることができればよかったのだけど
悲しみの棘は私の心に深く突き刺さったまま、抜けることなく日に日にその重さをましてゆくばかりで……。

 どうしてこんな。
 何故わたしは……。

 泣いて泣いて涙を流して過ごす毎日。そんな日々の中、突然私の頭の中に声が響いた。

『……力をやろう、おまえに。願いを…春日珠紀を、玉依姫を守れ』
『刀を……』

 そうして私は声に導かれるよう手を伸ばし、薄れる意識の流れに逆らうことなくゆっくりと目を閉じた。


『わたしの物語』はじまりのお話

 
「……ここは?」

 ゆっくりと目を開けると見知らぬ天井が見えた。
 二つ三つ目をしばたいてもぞもぞと身体を動かすと、心地よい重さと感触が全身に伝わり、ああ、今自分は布団に寝かされているのだと
ぼんやりと感じては小さく息を吐いた。
 体が動かし辛い。高熱を出した時のようなだるさを全身に感じて、もう一度目を閉じて眠りたいと思うけれど
自分の置かれた状況に戸惑っているらしい意識は眠ることを許してくれず、は小さく眉をしかめるとひじを立て、ゆっくりと身体を起こした。

「わたしは……」

 喉から吐き出した声が掠れている。まるで別人のような声だ。
 あー。っとひとつ、喉の具合を確かめるように声にならない音をだしては周りを見渡す。
 部屋の広さは昔の4畳半といったところだろうか、畳敷きで布団以外置いてあるものは何もなく、なんとも殺風景な部屋だとは息を吐いた。

「……さて」

 ――どうしよう。

 働かない頭を何とか使い、行動を起こそうと考えるけれど、全身はだるいしここは何処でどうして自分がここに寝かされていたのかも分からない。
 困ったな。一体これから自分はどうなるのだろうか? そう考えたところで、の思考を遮るように目の前の襖が鳴った。

 ──トントントン。

 軽い音が三つ。聞こえてくる音に首を傾げる。と、の戸惑いに気がついたかのように再び三度音がして
そこでやっと誰かが部屋の向こうで襖を叩いているのだと気がついた。

「……はい」

 短くはっきりと返事をして身体を硬くする。一体どんな人物が現れるのだろうか、いや、その前に何も分からないこの状況、人が現れる保障も無い。

(……あれ?)

 どうして今、自分は『人以外のモノ』と思ってしまったのだろうか。自身の思考が理解できず首を傾げる。何故だか分からない。
 分からないけれど『この場所』ならありえるのだと、はっきりとそう思った。

「……失礼します。あ、良かった、目が覚めたんだね」

 の返事を合図にゆっくりと襖が横へ流れてゆく。それを目で追っていると開いた襖の向こうからの予想とは大きくはずれて
髪の長い、可愛らしい少女がひょっこりと顔をだした。

「身体は大丈夫?」
「え? はい……」

 緊張で硬くなった身体から力が一気に抜け、安堵からヘニャリと微笑んでは慌てて姿勢を正す。

「そっか、良かった。ね、お腹は空いてない?」
「い、いえっ、今のところは……」
「えーっと、じゃあ喉かわいてたりとかは……」
「それは……少し。あ、あのっ!」
「ん? なに?」
「ここは……どこですか?」

 ニコニコと、警戒心などどこかに置いてきたような笑顔で話しかけてくる少女に不思議な感覚を覚えて恐る恐る尋ねると
少女は微笑みながらここは季封村だと答えた。

「季封村?」
「そう、季封村。知らない?」
「……ええ、全く。……すみません」

 聞き覚えの無い地名に申し訳ないと眉を寄せると、少女は「ここは田舎だし仕方ないね」と笑いながら頷いた。
 そして再び何か欲しいものはないかと尋ねられたところで、少女の後ろから複数の足音と共にガヤガヤと騒がしい声が近づいてきて
今度は一体何が起きるのだとは緊張した面持ちで再び身体を硬くした。

「だーかーらー。そんなもんは本人に聞けば済むことだろうが」
「そう簡単に解決するとは思えないんすけどね。先輩じゃあるまいし」
「なーんだとーー! オイコラ拓磨ぁ! 俺が単純だって言いたいのかぁ? いい度胸じゃねーかー!!」
「ちょ、ちょっと静かにしてください先輩! 寝ている人がいるんですよ! って、祐一先輩も笑ってないで止めてください!」

 慌てるような声と騒がしい声が廊下から響いてくる。それを耳にしてぽかんと口を開けていると、少女は肩を竦めて「ごめんね」と苦笑した。

「煩いでしょ。いつもこんな調子なの」

 そう言って笑う彼女は、困ったように眉を寄せるけれどなんだか楽しそうで、は小さく首を振ると「嫌いじゃないです」とつられるように笑った。

「……お。起きたか」
「先輩が煩いからっすよ」
「……そうだな。真弘が悪い」
「ぬぁーにー?」
「もう! 騒がないでくださいってば!」

 近くで声がする。と思った途端、背の低い少年と赤い髪の青年がこちらにやって来るのが見えては目を見開く。
 そして目の前にドカリと腰を下ろし、警戒心剥き出しの眼差で自分を見る二人を呆然と眺め、それから「誰ですか?」と言いかけては口を噤んだ。
 
 誰ですか? なんて、それは向こうの台詞だろう。こんなに警戒されているということは、私は招かれざる客なのかもしれない。
 いや『客』という言葉も当てはまるのかどうか……。そう、遠慮の無い眼差しを受けながら考えていると、思考を遮るようにまた新たな声が聞こえ
一体ここにはどれだけの人がいるのだろう? とは開いた襖の向こうを見て首を傾げた。

「鴉取くんも鬼崎くんも静かに。病人が寝ている部屋の前では騒いではいけません。
 それと、異性の部屋に入る場合はちゃんと許可を貰ってからにしてくださいね」
「……」
「……うす。すんませんでした」

 の目の前で腕を組んで座っている小柄な少年は、髪の赤い青年とは違い注意されたことがどうやら不満だったらしく
ふてくされたような顔でそっぽを向き壁を睨んでいる。
 が、そんな彼を不思議な気持ちで見つめていると、の視線に気がついたらしい彼はふっと視線をこちらへ戻し……

「!?」

目が合ったと感じた途端、驚いたような顔でから勢いよく顔を背けてしまった。

 あからさまな態度になんだろうとは首を傾げる。
 何も悪いことはしていないはずだと思うけれど、寝ている間に私は何かをしてしまったのだろうか。
 アレコレ考えて困惑していると、再び扉の向こうから入室を求める落ち着いた声が聞こえて、は考えるのを諦め「はい」と頷いた。
 止めよう、考えたって寝ている間のことなんて思い出せるわけないし。そう思っていると今度は襖の向こうから腰まで長く髪を伸ばした
落ち着いた佇まいの男性が現れて、はさっきとはまた別の驚きにぽかんと口を開けたまま、ピタリと動きを止めた。
 優雅な動きと女性のような顔立ち、なんて綺麗な男の人なのだろう、と思う。そしてハッと我に返って周りを見渡して、ここは一体なんだと眉をしかめた。
 よく見れば、全員整った顔立ちをしている。最初に現れた少女は可愛いし、男性は揃いも揃ってイケメンだ。
 こんなこと普通あるわけない。え? これ、何のドッキリ? そう考えて慌ててカメラを探してみるけれど、どこにもそれらしきものは見当たらず。
 本当にここは一体なんなのだと「うーん」と一人、アレやコレや考えて唸っていると、あからさまに戸惑うような声が頭の上から聞こえてきて
は「しまった」と慌てて顔をあげ、ぎこちなく微笑んだ。

「は、はいっ、なんでしょう」
「大丈夫……ですか? ええっと、体の調子は。という意味で、ですけど」
「だ、大丈夫です! 身体は。いえ、全部、全部大丈夫です!」
「そ、そうですか……」

 変なところを見せてしまった。後悔に似た気持ちで自分に微笑みかける男性を見る。
 優しい笑顔、けれどその頬が引き攣っているような気がする。気のせいだと思いたいけれどまぁ多分、見たままなんだろうね。
 そう思って自分に呆れて苦笑して、は雑念を振り払うように頬を叩き居住まいを正すと、改めて男性を見つめ「あの」と声をかけた。

「はい、なんでしょう」
「……いつから私はここにいるのでしょう?」
「覚えていませんか? 何も?」
「はい。気がついたらここに寝ていました」
「……そうですか。では、これに見覚えは?」
「……?」

 さっきまでの穏やかな微笑みとは違い、少しばかり探るような気配をはらんで男性は、一振りの刀をの前へ差し出した。
 象牙色したそれは、鍔の所に小さな鈴が数個、色とりどりの細い紐によってくくり付けられている以外なんの変哲も無い刀のように見える。
 いや、刀というものが目の前にある時点で普通じゃないのだけれど……そう思いながら刀を見つめ
知りませんと答えようと口を開きかけたが、途端に言葉を遮るように胸が一つ大きく跳ね、はぐっと言葉を飲み込んだ。

 ――こんなの見覚えないのに、心の中で誰かがそれは私のものだと言っている。

「あなたは今朝、これを抱きしめた状態で境内で倒れていました」
「……え?」
「すみません、寝ている間に刀を調べさせてもらいました。刀は刃が無い代わりに未知の術式と神のチカラに覆われている。
 私達にはとても扱えない代物です。アナタはどうやってこれを?」
「……分かりません、でも大事なものなのだと思います」

 夢の中で聞いた不思議な声を思い出す。確か声は言った、これは私の為に作られ、私にしか扱えない特別な刀だと。
 記憶があやふやだから確信はないけれど、多分きっとそうなのだろう。

「……単刀直入に訊ねます、あなたは一体何者ですか?」
「わたしは……」

 複数の視線を身体に受けて言葉が詰まる。
 ずっと頭の中がやもやしていた。けれどそれはこの状況に混乱しているせいなのだろうと思っていた。
 けれど、落ち着いて考えてみても自分が何者なのかどうやってここまで来たのかがどうしても思い出せない。

「……ごめんなさい、わかりません」

 時間をかけてゆっくりと吐き出したの言葉に、部屋の空気が変わった気がした。怪しまれている、それは分かっているけれどうしようもなかった。
 頭の中のもやもやは一向に晴れず何も見えてこない。かろうじて自分の名前だけは覚えているのだけど……。
 と、そこで自分はまだこの人たちに名前さえも名乗っていなかったことに気がついた。

「あの……」
「ん? なに?」

 先ほどと変わらず微笑んでいる少女が返事をする。先を促すような視線を向けて、唯一の味方のように思える彼女を見つめはゆっくりと口を開いた。

「わたし、と言います。何処から来たのかどうしても思い出せないんです。ごめんなさい。でも……」
「でも?」
「ひとつ、名前以外で覚えていることがあります」
「それは?」
「それは……」

「……怪しいな」
「言いたくないっすけど。そうですね」
「ふ、ふたりとも! そんなにはっきりと言わなくても……」

 の声にかぶさるように背の低い少年と赤い髪の青年が訝しげにぼそりと呟いた。それを優しそうな顔の少年が慌てて止めるの見て
は仕方ない、と半ば自虐の気持ちを込めて苦笑した。
 自分が逆の立場でも怪しいと思う。記憶が無いくせに刀だけは自分のものだなんて怪しいという言葉以外何があると言うんだ。

「あの……」

 言い訳するつもりはない。それができるような言葉も持ち合わせていないし。
 けれど、それでも何かを伝えなければとはが口を開くと、同時にを庇うように少女が声をあげた。

「悪い子じゃないよ! だって全然そう見えないもの。ね、ちゃんって言うんだ。私は春日珠紀。よろしくね」
「かすが……たまき?」

 彼女の名前を聞くと同時にの心が大きく震えた。かすがたまき。そうだ、この名前。記憶の無い私が自分の名前以外で覚えている唯一の……。
 初めて会った筈なのに、不思議な感じがしたのは彼女が春日珠紀だったからだ。そう、彼女こそが……。

「うん、春日珠紀。それで、私の隣の偉そうな人が……」
「おいっ! てめぇ誰が偉そうだ! 誰がっ!!」
「かすがたまき! 春日珠紀!! 玉依姫っ!」
「……は?」

 玉依姫。とはっきり言葉にしたに全員の視線が集まる。緊張と疑いの眼差しに「しまった」とは思ったけれど
心の中にあるこの気持ちだけは伝えなければとは大きく息を吸うと一気に言葉を吐き出した。

「わたしは、春日珠紀を、玉依姫を守る為にきました!!」