――どうかあなたのお傍に置いてください、春日珠紀さま。
――た、珠紀さま!? たまきでいいよ〜。
「「「「「突っ込むとこソコ!? 」」」」」
『わたしの物語』悩める記憶喪失者
玉依毘売神社の境内で刀を抱きしめ倒れていたが発見されたその日。
自分を介抱してくれた人物が珠紀だと知ると、はあなたを守ることが自分の使命であり、その為に傍に置いて欲しいと訴え
珠紀他、守護者達を困惑させたが、現れた先代玉依姫の「滞在を許可します」という一言で彼女の希望はあっさり叶えられた。
……そしてそれから数日が経ったある日、は紅陵学園の制服を着て紅陵学園の屋上に立っていた。
「はぁ〜〜〜」
肺の奥から深く大きな息を吐き出して、は空を見上げる。
滞在の許可を得て様々な協議の結果、一応ではあるが敵ではなさそうだと判断されたのだが珠紀以外の守護者達の警戒心は未だ解かれないままだ。
こんな風に高校に通わせてもらっているのだって大蛇さん以外の守護者が全員高校生だからというだけで、監視目的以外の何物でもない。
優しくはしてもらえるけれどよそよそしい態度に、少し寂しさを感じるけれどそれは仕方がないことだとは再びふうっと空に向かって息を吐いた。
霊力が高くて(守護者曰く)正体不明。なんだかえらいことが起こっているらしいこの状況で突然不思議な刀を持って神社に現れ
カミの血筋でもないのに玉依姫を守らせてくれだなんて怪しいにも程がある。
「おまけに本人記憶喪失ときたもんだ。幾らなんでもこれで信じろだなんて無理だよね〜」
自分が守護者の立場だったら絶対信用しないよなぁ。と、はぁぁ、とは今日何度目かのため息を吐いた。
空は青く、空気は澄んで風も心地よい。とてものどかな村だというのに、どこか嫌な予感がつきまとう。
何も知らないでも今の季封村は何かがおかしいと感じる。
そんな場所に自分は現れた。ほらね、怪しい。そう言って苦笑して
それから自分はなんの為に何から玉依姫を守ればいいのかと考えて「うーん」と唸った。
――ダメだ、何も分からなくてもやもやする。
答えはすぐそこにある気がするけれど、考える度に頭の中に霧のようなものがでてきて邪魔をされ何も分からなくなる。
一体なにをどうすればいいんだ。彼女を脅かす全ての存在を倒さなければならないのだろうか? じゃあ全てってなんだ?
――ああ、またあの霧が頭の中を覆いつくして…。
「わけわからーん!」
少しでもいい、記憶が戻れば何か掴めるかもしれないのに。そんなことを考えて気分を入れ替えるようには「うーん」と大きく身体を伸ばした。
ぐぐっと伸びたところで昼休みを告げるチャイムがなり、それと同時に屋上と校内とを繋げる唯一の出入り口である鉄の扉が勢いよく開かれ
背の低い人物を先頭に、見慣れたメンバーが姿を現した。
「一番乗りー! って、いたのかよ」
「みなさんこんにちはー」
にへっと笑って軽く手をあげるの気の抜けた笑顔を見て、それぞれそっけない返事をに返し
何事も無かったように全員所定の場所へ腰を下ろした。
そんな彼らの態度には「相変わらずつれないなぁ〜」と呟くと、肩を竦めて苦笑した。
「今日は早かったんだね」
遅れてやってきた珠紀がの隣に腰を下ろしニッコリと微笑む。そんな彼女の優しい眼差しにはばつが悪そうに目線をずらすと
「うー、まぁ」と頬を掻いた。
「おまえ早すぎだろ。転入生が授業サボってんじゃねーぞ」
不良かよ、と呆れる真弘の言葉にはすみませんと笑う。でもチャイムと同時に屋上にやってきて、しかもちゃっかり
購買の焼きそばパンまで握っている鴉取先輩の方こそサボりの常習犯じゃないんですか?
と思ったけれどその言葉は喉の奥にしまった。やめておこう、それを言ってしまったら不機嫌にさせてしまうだけだ。
「不良…ねえ、いっそ本当の不良になっちゃおうっかなぁ…」
「あ? 何言ってんだ、おまえ」
「いやぁ、だって…ねえ」
困ったように眉根を寄せては俯いた。まさか、こんなところにまで影響がでてるなんて自分でも思わなかった。正直かなりショックだ。
とはいえどうしようもないんだけど。
ごにょごにょと呟くを全員が無言で見つめる。の傍では珠紀が心配そうな顔で見上げていて…
は「情けない話なんですけど」と力のない笑顔を作り口を開いた。
「……ツイテユケナイノデス」
「え?」
「いや、あのですね、私って記憶が無いじゃないですか。それで、ですね。勉強の方も……なんというか……。
薄ぼんやりとはですが覚えてるような気はするんですけど、途中で訳が分からなくなってくるというか……まあ、そういうことです」
「………」
「止めてください……可哀想な子を見るような目は」
泣いちゃいますよ? と無理やり笑って、それにしてもお腹空いたー!! なんて全員の何とも言えない眼差しから逃れるように
はわざと大きな声をあげ、美鶴ちゃんのお弁当楽しみだなー。なんて大袈裟に言いながら
ちゃっかり持ってきていた自分のお弁当を広げ「いだたきます」と手を合わせた。
「ほんっと、美鶴ちゃんのお弁当は美味しいね、珠紀さん」
「うん、本当だねー。……女子としては少し複雑ではあるんだけど」
「ま、まぁ確かに。」
美鶴に勝ってるとこないんじゃねーか?
なんて、珠紀に向かってデリカシーのない台詞を堂々と言ってのけた今朝の真弘の態度を思い出し、は眉を寄せる。
ほんと、あの先輩は小さいくせに偉そうで女心を理解しなさ過ぎる、とは思う。
珠紀さんを守るのが私の使命だとしたら、一番に倒すべき相手はあの先輩なのかもしれないと
箸で煮物を突き刺しながらはじっとりと真弘を睨んだ。
「な、なんだよ…」
「……べつに」
「言えよ、なんかあんだろうが」
「ありませんってば」
視線を感じたのか、訝しげにこちらを見て眉を顰める真弘に、は何でもありませんよと顔を逸らし口を尖らせる。
けれどどうしても気になるのか、何度も言えと迫ってくる真弘に「しつこい男はモテませんよ」と微笑むと、途端に大声をあげた真弘を無視するように
は思っていた言葉を口にした。
「あの、突然ですが。大蛇さん以外の守護者の皆さんが揃っているので、ずっと気になってたこと質問しちゃってもいいですか」
「……先輩。いえ、いいです。どうしたんですか?」
何か言いたげな彼らの視線には微かに頬を染める。言いたいことは分かる、分かるけどどうしろと? そう思いながら
はいまだに大声を上げる真弘の方を敢えて見ず、けれど少し言い辛そうにあのですねぇ、と続けた。
「そもそも封印って何なんですか? 何を封印してるの? 」
「おまえっ!…………は?」
「……ありえない」
「えっ……先輩、本気で言ってます?」
「おまえ、それでよく玉依姫を守るって言えたな……」
「ま、まあ。ちゃんは記憶喪失なんだし……」
「理由になるかっ!!」
つっこみ、ドン引き、呆れ。様々な反応には頬を引きつらせ、座ったまま後ろへ後退る。
そ、そんなにダメな質問だったのだろうか。正直ここまで言われるとは全く予想していなかった、とは壁にピタリと背中をつけてゴクリと唾を飲み込んだ。
「い、いや、だって。あの、私、珠紀さんを守るってこと以外何も知らないっていうか……ほんっとスミマセンでした……」
なんで謝らなきゃならないの? とは思うけれど、守護者達の責めるような眼差しに耐え切れなくては深々と頭を下げる。
それからは昼休み時間全てを使い、正座状態で守護者全員にみっちりこれまでのこと、封印のこと、鬼切丸のことを延々説明され
昼休みが終わる頃にやっとわかりましたと頷いた。
「簡単に言うと、鬼切丸ってヤバイ刀があってそれを封じる為の封印が弱まったものだから
影響受けた八百万のカミ様たちがオボレガミになって暴れまくって大変。ということですね」
「かなり大雑把に言えば、な。言っとくがそんなに単純なもんでもねーぞ」
「ええ。まぁそうなんでしょうけど」
不満そうな真弘の態度に、細かいことは守護者じゃないのですみません。ってことで許してもらい、は息を吐いた。
状況は大まかにだけど理解できた、理解はできたのだけど……そこで新たな疑問が浮かぶ。
――封印は今のところ大丈夫だし、鬼切丸のことは玉依姫と守護者の仕事だし…で、一体この状況で私は何をすればいいの?
「ううむ。ますます訳がわからない……」
どれだけ考えても答えが思いつかないのは自分の中の情報が少なすぎるせいなのか、それとも単にアホだからなのか?
複雑な気持ちを抱えつつ、考えても分からないのならできることから一歩ずつやっていくしかないよなぁとは一人頷いて
「オボレガミか……強いのかなぁ」と呟き、昼休みの終わりを告げるチャイムの音を聞きながら
食べ切れなかったおかずを片付けようと箸を突き刺した。