『私のできることって何だろう?』
考えてみたら記憶の無い私にはできることはあまりにも少なくて。
それでも何かしなければ。と焦る気持ちも手伝って、私は今、この場にこうして立っているのです。
『わたしの物語』通りゃんせ
「ちゃん、今日もみんなと帰らないの?」
「あー、うん。ちょっと野暮用がね」
放課後、廊下でばったり出くわした珠紀にごめんね、と謝って、はそそくさと廊下を歩いてゆく。
そんな自分の姿を心配そうに見送る珠紀の視線に気づきながら、は「ごめん」と小さく呟いて足早に校舎を後にした。
分かってる、彼女が自分のことを心配してくれていることぐらい。それは分かっているし黙っているのも心苦しいのだけれど
話してしまったらますます心配をかけてしまうから話せない。
――別に悪いことはしてないんだけど。
それは確かなことなのだけど、やっていることは危険極まりないもので、もう少し自分が何とかできるまで黙っていよう。と、は一人頷いて
わき目も振らず、ずんずんと目的地へ向かって歩きはじめた。
──そんなを追いかける、真弘の影に気づきもせずに。
***
森の中、開けた道から獣道へ入るとは小さく息を吐いた。
肺の中に広がる禍々しい空気。身体の中を駆け回る冷たい感覚。どうやらソレは確実に近づいてきているな、とは感じた。
何度遭遇しても慣れないこの感覚、嫌な感じだと思う。身体の全部を遠慮なしに覗かれているようで気持ち悪くて、このままここから立ち去ってしまいたい
そんな衝動に駆られるけれど、はそれを振り払うように勢いよく頭を振り、ひとつ、大きく息を吸った。
──パンッ!!
しん、とした空気の中、意を決したようには胸元で強く両手を合わせる。そしてそこに「ふうっ」と息を吹きかけた。
「さて、今日もいきますか……」
呟いたの言葉に反応するかのようにの胸元が白く光り、そこから象牙色の刀がゆっくりと姿を現す。
それを眺めながら苦しいのかは「くっ」と小さく呻くと、現れた柄の部分を片手で掴み、もう一度小さく呻くと胸元から一気にソレを引き抜いた。
白い光が尾ひれのように刀につられて線を描き、そして消えた。はそれを見送ると眉を寄せ「うー」っと唸った。
「やっぱ取り出す時はちょっと痛いなぁ。でも手に持って歩くわけにもいかないもんなー」
「……!?」
木の陰に隠れ様子を窺っていた真弘は目の前で起きた光景に驚き、息を呑んだ。しかしそれに全く気がつかないは
鞘から刀を引き抜くとゆっくりとした動きで構え、真弘がいる場所とは別の方向を睨み大声をあげた。
「見てるんでしょ! さぁ、出てこい!!」
――チカラ……クイタイ……チカラ……ヨコセ……
──ヨコセ……チカラ……オマエノ……
途端に森の空気が震え、呪いにも似た声を響かせ木々の隙間から禍々しい存在がゆっくりと姿を現す。
その姿を目で捉え、突然はああしまった、と小さく呟いた。
「なんだこれ、数が多いぞ。マズイ、私大ピンチ」
一、二、三、四……次々と現れるオボレガミをは刀を構えたまま数えていたが、二十を越える頃には数えるのを諦め、参ったなぁと苦笑した。
いつもはこんなことないのに、どうして今日は多いのよ。と、文句を言いながら構えた刀を振り上げ走り出し、そして勢いよく目の前の存在めがけて
刀を振り下ろすと、勢いのまま隣に現れたオボレガミの身体を下から斬りあげた。
「とりあえず、いくつか倒して逃げ道確保しないと……ハァ、大変」
気合の唸り声をあげ、弾かれかわされ反撃を受けながらもは止まることなくオボレガミを斬り伏せてゆく。
刃が無い筈の刀はオボレガミを次々と斬り裂き、裂かれたカミは黒い煙となり、やがて散り散りに消えて行った。
何度戦い、何度斬ってもうめき声をあげ、力が欲しいと襲ってくるカミ達の姿が切ない。
鬼切丸の封印が弱まる前のカミ達はとても穏やかだったと語った守護者達の言葉を思い出し、はくっと唇をかみ締めた。
「常世の果てで眠ってください!!」
──そして次は幸せな世界で…。
祈りながら迫り来るオボレガミを次々と斬り伏せる。けれど数の多さか気がつけば、はたくさんのオボレガミに取り囲まれていた。
「……ハァハァハァ。マズイ、こりゃホントに大ピンチだ」
肩で息をしながら、それでも余裕ぶってはニッと笑う。笑うことで気持ちを奮い立たせようとしたけれど、実際は余裕なんて何処にもなくて。
──ああマズイ、本当にマズイ。ここで倒れたらやっぱ死んじゃうよね…。
つい弱気になってあとどれだけ身体が持つだろうか。そう考え慌てて頭を振る。そんなこと考えてる場合じゃない、倒れちゃダメなんだ。
私はまだ、何の役にもたってはいないのに。
「そんな間抜けなことできるかっ! さぁこい!!」
覚悟を決め、お腹に力を込めて刀を構えなおす。気合の大声をあげてオボレガミに向かって悪役ように笑ってみせると
突然の隣で突風が巻き起こり
「……一体なにやってんだ。バカか、おまえは」
彼女の耳に慣れた声が聞こえてきた。
「え? ええっ!? 鴉取…先輩?」
「おう、俺様参上だ。ったく、一人で無茶しやがって…この借りは後で返してもらうからな」
なんで。とが声をあげる間もなく、ニヤリと笑った真弘が走りだす。片手に渦巻く透明な刃は、向かってくるオボレガミを次々と切り倒し吹き飛ばし
その素早さと強さにはこれが守護者の力かと感嘆の声をあげた。
「す、すごい……」
「当然! って、おいっコラッ、サボってんじゃねぇ! おまえも戦えっ!!!」
「は、はいっ、すみませんっ!」
驚きに、その場で戦いを眺めていたは、真弘の大声にハッと我に返ると弾かれたように目の前の集団へ駆け出し刀を振り上げる。
ひとつ、ふたつと真弘の声に合わせては刀を振り上げ、そしてしばらくの後、二人の目の前に一筋の光が射し込み、途端に真弘が大声をあげた。
「道は開けた! 風で背中を押してやる! このまままっすぐ突っ走れーーー!!!!」
「はいっ!!」
戦うふたりの前にできたひとつの道。真弘の声に弾かれて、は刀を片手に、真っ直ぐ前を向いたままオボレガミの間を駆け抜けた。