『わたしの物語6』


「……もう、ほんっとに意地悪なんだから」

 ――こんな時に限って用事を言いつけるなんて、先生、狙っててやってるんじゃない!?

 放課後。小声でぶちぶち文句を言いながらは下駄箱で乱暴に上履を脱ぎ靴を履いた。
 今日は珠紀と一緒に封印を見に行く約束だったから、誰よりも早く教室を出たかったのに
どういうわけか担任は焦るを眺め、いつもののんびりとした声で用事を言いつけてきた。

 ――もう、先生のバカッ! って、断れない自分も悪いんだけど……さ。

 うー、っと唸ってつま先で床を叩く。
 記憶喪失だから。というのを言い訳にしてもの成績はあまりにもお粗末で
赤点こそないものの、毎回テストの成績は後ろから数えた方が早いという状態だ。
 そして特に成績が悪いのが担任の受け持つ教科で……毎回テストを返されるたび複雑そうな顔で自分を見る担任の眼差しに
後ろめたさを感じるは、どんなに忙しくてもこの教師の頼み事だけは断ることが出来ないでいる。
 ひょっとして、自分って良いように使われちゃってる? と思わなくもないのだが、思ったところで断れるわけもなく
は「はぁぁぁ〜」と深い溜息を吐くと、校門へ向かって駆け出した。

「もう夕方か……」

 外の景色を眺めて呟く。山の向こうに沈みゆく太陽は辺りをオレンジ色の光で照らして
自分の身体も校庭も校舎も見慣れた風景全てを暖かな色で染めている。
 現世と常世の境界が曖昧になる逢う魔が時だというのにこの景色はまるで、これから起こるかもしれない出来事に不安を感じている
自分の心を優しく包み込んでくれるようで、は走りながら小さくふふっと微笑んだ。

「ごめんなさいっ、おまたせしましたー!」
「遅いっ! 俺たちを待たせるとはいいご身分だなぁ、おい」

 はぁはぁと息を弾ませ待ち合わせの場所にたどり着くと、そこには既に自分以外全員の姿があって
はすみませんでしたと慌てて頭を下げた。
 すると頭上から少しばかり不機嫌で偉そうな真弘の声が聞こえて、はだって仕方ないじゃないですかと呟くと
顔をあげてぷうっと頬を膨らませた。
 
「な、なんだよ。言いたいことでもあんのか」
「別に、ありませんよ。遅れたのは事実ですもん」
「真弘先輩、ちゃんは先生の用事で遅くなったんです」
「んなもんこっちの約束の方が先だろ、断ってこいよ」
「まあ、それが一番なんでしょうけど……。私の場合そういう訳にもいかないって言うか、ですね」

 ほら、なんせ成績がアレですし。なんて困ったように笑うと、全員が「ああ……」と、何ともいえない表情で頷いた。

 ――皆様ご理解があってありがたいです……。

 おまえも苦労するよな。と、憐れむようなみんなの視線が心に刺さる。
 軽い自虐のつもりで言ったのに、こんな風に真面目に受けとられるなんて考えて無かったよ。と、思いっきり眉尻を下げて困惑していると
ごほん、と一つ咳払いした卓が全員を見渡し「さあ、みなさん」と微笑んだ。

「冗談はこのぐらいにしておいて、本題にはいりましょうか」
「じょ……冗談だったんですか!?」
「ええ、そうですよ?」

 成績がどうのに関してはみなさん慣れていますので。そう言って微笑みながら真弘を見やる卓に、は恐怖を覚えて文句の言葉を飲み込んだ。
 何か一言でも余計な事を言ったらやられる……そんな予感がする。その証拠に大蛇さんがちらりと見ただけで鴉取先輩が金縛りにあったみたいに固まってるし。
 ――この人には絶対に逆らってはいけないんだ……。
 本能で悟ったはゴクリと喉を鳴らすと、卓から微妙に目線を外し頬が引き攣るのを誤魔化すように「が、頑張ります」と頭を下げた。

「ええ、期待してますよ、さん。さて、ここからが本題なのですが、現在、宝具封印の結界の一つに異常が起き始めています――」

 ね。とに微笑んで、それから卓は一人一人の顔を眺めると封印の状況について語り始める。

 「この異常は昨日の比ではなく、そして現在までに何度か起きた結界異常と全く同種の兆候であり、つまり……」

 いつになく真剣な卓の態度に場の空気が一気に変わり、そして拓磨が卓の言葉にかぶさるように呟いた。

「……侵入者が、積極的に動き出したってことっすか」  
「……おそらくは」

 ――積極的に動き出した。拓磨の言葉を小さく繰り返しては唇を噛んだ。
 ……始まった。たくさんの声が胸の奥で囁いている。ざわざわと震える声はとても小さいけれど
辛いことが起きるだろうということだけは理解できて、は独り、不安に身体を震わせた。

「コソコソしねえで最初っからそうやってくれりゃ良かったんだ。めんどくせえ」
「……なんであれ、黙って封印を破らせる気はないな」

 両腕を組み、強気な真弘の言葉に続いて祐一が、顎に手を添え何かを考えるような素振りで呟く。
 守護者全員の視線が合わさり、それぞれがそれぞれの決意を胸に強く頷くのを眺めて
は自分の胸にそっと手をあて、いつもよりも早く刻む心臓の音を確かめた。

 ――あっ、私、緊張してる。

 制御しきれない無意識の反応に苦笑する。いつだってやれることをやるだけなのに、何度経験しても慣れないものなんだなぁと
は気持ちを落ち着かせるように「私も戦える、戦います」と頷いた。

 と、そんなの呟きが聞こえたらしい珠紀が、そっとを見つめ「うん、そうだね」と小さく頷く。
そして急に困ったような顔で笑うと静かに顔を伏せた。

「……珠紀先輩?」
「え……?」

 無言で俯く珠紀に気がついた慎司が、窺うような眼差しで声をかける。すると珠紀はビクリと身体を震わせ
探るような眼差しで慎司を見上げて作り笑いを浮かべた。

「な、なに? 慎司くん」
「あの、先輩は……どうするんですか?」
「え…………」

 慎司の言葉に情けなさそうに眉を寄せ、きゅっと唇を噛む珠紀の姿には首を傾げ、それから苦笑した。
 ああもう、ほんとにこの人は……。危なくなったら自分を守れと無邪気な顔で笑っておいて、今頃になって自分は足手まといになるとか考えているのだろうか。
 足手まといだから、邪魔だから。なんて皆が本気でそう思っているのなら、封印の見回りについてゆくと言われた時点で必死になって説得している。
 いや、それ以前に珠紀には内緒で事を進めていた筈だ。いくら玉依姫の言うことが絶対だからと言っても、それをかわす方法なんていくらでもあるのに
それをせず彼女の言うまま、ここにこうして集まっているのは、誰も彼女のことを迷惑な存在だと思っていないからなのに。

 ――それどころか私は珠紀さんがいてくれたおかげで頑張れたんだけどな。ホント、困った玉依姫様だ。って、私も人のことあまり言えないのだけれど。

「珠紀さんっ」
「なにやってんだおまえ。早く来い。置いてくぞ」
「……え? で、でも」

 の背後から、ぶっきらぼうな拓磨の声が聞こえてくる。微笑むと多分不機嫌な顔をしているだろう拓磨
そんな二人の姿を交互に見つめ、躊躇うように「あの、その」と呟く珠紀を、は――ああ、本当にこの人は鈍感なんだから。と笑い、手を差し出した。

「ほら、行こっ」
ちゃん……」
「珠紀さん、守護者は全員で封印の守護に向かいます。あなたはここに残り、さんについていてもらう。という手もあるのですが……
相手の目的がはっきりと分からない今、玉依姫の警護をさんだけに任せ、守護者が一人も居なくなってしまうのは少々危険に思えますので」

 ――だからあなたも、一緒に来ていただけると安心できるのですが。

 そう言って珠紀の背中を押すように優しく微笑む卓に、珠紀はやっと安心したような顔で笑うと「はい」と頷いた。

「珠紀。おまえはさ、どーんと偉そうにしてりゃいいんだよ。敵なら、俺達が返り討ちにしてやるから」
「はい! よろしくお願いします」
 
 どんっ、と強く胸を叩く真弘に頷いて、深く頭を下げた珠紀に、は「よろしくね、珠紀さん」と笑って見せる。
 それからふっと誰かの視線を感じて顔を向けると、こちらをじっと見ている真弘と思いっきり目が合って、は「ん?」と首を傾けた。

「……!?」
「え? 鴉取先輩?」

 見詰め合ったと感じた途端、ふいっと不自然に目を逸らされ、ほんのちょっぴり頬を赤くした真弘の態度には戸惑う。
 私何かしたっけ? と、理由が分からず無意識に胸に手をあて考えて……それからふっと昼休みのことを思い出し「あっ」と声をあげた。

「……鴉取先輩のえっち」
「なっ!? ち、違うぞ! 断じて違うぞ!!」
「何が違うんですか?」
「……ぐっ」
さん? 鴉取くんがどうかしましたか?」

 何かおかしなことでも? そう言って自分と真弘を交互に眺める卓には「あのですね」と口を開く。するとの声を遮るように
慌てた様子の真弘が「ああああああああああ!!」と大きな声をだした。

「なっ!? いきなりどうしたんすか真弘先輩」
「なんでもねえよ! いくぞ!!」

 訝しむようなみんなの視線を跳ね返し、頬を赤くした真弘が思いっきり『不機嫌です』という雰囲気を全身に纏い歩き出す。

「ごめんなさい、鴉取先輩! 待ってくださーい」
「うるせー、絶対許さないからな、バーカ!」 
「もうっ、先輩バカって言いすぎっ!」

 謝罪の言葉と共に、慌てて真弘を追いかけるを振り切るように、お決まりの台詞を残して真弘は走り出す。

「もうっ! 先輩、待ってくださいって!!」

 すぐ拗ねるんだからっ」そう言っては口を尖らせ苦笑して、でも私もからかい過ぎたよね。とほんのちょっぴり反省しつつ 
 ずんずん先を行く真弘の背中を追いかけながらもう一度「ごめんなさーい」と大きな声を出すと、こっそり小さく舌をだした。